総支配人 黒曜美咲【VIP素直クールスレより】 デート編

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161: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2006/05/17(水) 00:50:56.64 ID:YC+PPTT3O

「あ、美咲さん。お疲れ」
「ああ、待たせたな深澄。では帰ろうか」

美咲さんを待って、肩を並べて駅まで歩く。
半月前から続く嬉しい習慣だ。

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「もう……こんな時間か」

あの衝撃的な会話からしばらく経って。
俺はすっかり気の抜けたビールをすすりながら、真上を少し回った時計の針を見て呟いた。
「そろそろ終電も近い。帰るとするか。
源さん、会計を」
俺の言葉に応じたのか店の奥に向かって呼びかけ、上着を着ながら席を立つ黒曜さん。

『はいはい、ありがとさんよ』
少し顔を赤くした親父、それに続いて直子さんが出てきた。
「源さん……またこんな時間に飲んでいたな。あまり無理はしないように忠告したのに」
『なんだぁ、あんな話聞かされて飲まずにいられるかよ』
『全くあんたって人は……
……ごめんね咲ちゃん、聞き耳立てるようなことして』
「構わない。別に聞かれて恥ずかしいような話をしていた訳ではない。」
恥ずかしくないのかよ。
「だがこの時間に酒を飲むのはよくない。源さんももう若くないのだから、そんなことをしては体に障る」
『言ってくれるぜ……』
不服そうな親父を尻目に、黒曜さんは一人で会計を済まそうとしていた。

 

162: 総支配人 黒曜美咲2/8 2006/05/17(水) 00:51:55.00 ID:YC+PPTT3O

「え、俺も払うよ?」
「構わん。元々私が誘ったのだから。
それに……今日は貴重な友人を作れた私にとって素晴らしい日だ。
ここは私におごらせてくれ」
「いや、そりゃ俺もだし。出させてくれよ」
「ふむ……そうだな。じゃあこうしよう。
ここは私が払う。だが君がどうしてもと言うのなら、負担の代わりに私の願いを一つ聞いてもらえないか」
「うーん……まぁ黒曜さんがそれでいいなら。
何?」
何の気無しに生返事をしたその時、彼女が僅かに妖しく目を細めたのを俺は見逃さなかった。

「これから私を呼ぶときは、さっきのように呼び捨ててくれ。
それが負担代わりだ」
「なっ!?」
そういう手はずるい。
そりゃもちろんもっと親しくなりたいし、名前でも呼べるようになりたい。
だがこれは唐突過ぎた。心の準備ってやつが全く出来ていないのだ。

 

164: 総支配人 黒曜美咲3/8 2006/05/17(水) 00:53:22.29 ID:YC+PPTT3O

「いきなりそれは勘弁してもらえないかな……」

「………………。」

「あのー、黒曜さん?」

「……直子さん、いくらだ?」
困る俺を一瞥し、会計を続ける黒曜さん。

……この人には勝てない。
早々に悟った俺は妥協案に乗り換えることにした。

「あーー……わかった。呼ぶよ、呼びますよ名前で」
「そうかそうか。それは嬉しいな」
途端に手を止めこれまた珍しい笑顔でこちらへ振り返る黒曜さん。
「けど……いきなりはちょっとアレだし……せめて美咲さん、じゃ駄目か?」
「直子さん、すまないが大きい札しかないんだ」
残酷にも彼女は即座に背を向けた。
「待ってくれ!頼むよ美咲さん!」
「むう……君がそうまで言うなら仕方ないな」

渋々ながら納得してくれたようだ。
よかった……って喜んでいいのか男として。むしろ自分のヘタレっぷりを恥じるべきだろ。
「その代わり、もう一個「お願い」追加だ。」
………何やら危ないワードが聞こえてきた。
次は一体何をせがまれるんだ……

 

165: 総支配人 黒曜美咲4/8 2006/05/17(水) 00:54:08.81 ID:YC+PPTT3O

「………何?」

「明日から私と一緒に駅まで帰ろう」
……恐々としていた俺に課せられたのは、帰路を共にするというなんとも拍子抜けなリクエストだった。

「え………それでいいの?」
「ああ」
「でもさ……時間空かないか?美咲さん結構遅くなるっしょ」
「問題ない。どうせ家でも出来る仕事だ。わざわざ残業する事など、君と帰れるという条件に対して何の意味も成さない」
「さいですか……」
相変わらず恥ずかしいことをさらっと言う人だ。

「じゃ……そういうことで」
「交渉成立、だな」
こうして俺達の関係は始まった。

 

166: 総支配人 黒曜美咲5/8 2006/05/17(水) 00:55:38.30 ID:YC+PPTT3O

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『ありがと。またね、咲ちゃん』
『また来いよ、兄ちゃん』

「ああ。ごちそうさま」
「また来ます」

わざわざ店の前まで出てきてくれた二人に見送られ、俺達は駅へ向かって歩きだした。

「そういえばさ、美咲さんはどこで降りんの?」
「篠田だ」
「え!?俺も篠田だよ!」
「ほう……偶然もあるものだな。家は?」
「俺は3丁目あたりだな……」
「私は4丁目だ」
「おぉ、家近いじゃん!ホント偶然ってあるもんだなぁ」
とんでもない偶然に驚いていると、美咲さんはポツリと呟いた。

「運命、かも知れないな」

「……ははっ」
「む、何がおかしい」
「いやぁ、美咲さんが運命、なんて言葉真顔で言うもんだから」
「私を好いてくれている男が同じ町の、しかもすぐ近くに住んでいたんだ。運命と考えたくもなるさ」
「運命ねぇ……だったら、今日俺が残業で美咲さんと顔合わしたのも運命かな」
と、少し柔らかくなっていた美咲さんの表情は急に神妙なものとなった。

 

168: 総支配人 黒曜美咲6/8 2006/05/17(水) 00:56:30.81 ID:YC+PPTT3O

「………運命、か……」

そう呟いて月を見上げる美咲さんはとても綺麗で。
しかし、その顔からにじみ出るのはほんの少しの悲壮感。

彼女に……こんな顔は似合わない。
こんな顔をさせてはいけないんだ。

「あの……さ」
「ん……何だ?」
「今日は美咲さんが飲みに誘ってくれたじゃん。
また今度にでも……次は俺が誘ってもいいかな」
「………!」

「……本当に……誘ってくれるのか?私を?」
俺の誘いに美咲さんは驚いているようだった。
……と言っても表情に変わりはないが。
「あぁ、そりゃなぁ……美咲さんしかいないだろ」
「……ありがとう。是非誘って欲しい」
「ああ。また連絡するよ」
美咲さんは嬉しそうに了承してくれた。
喜んでくれてよかった。
やっぱり彼女に悲しい顔は似合わない。

俺はデートのきっかけをつかめたことに内心小躍りしながら、どこに遊びに誘おうかと頭の中で必死に検索をかけていた。

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169: 総支配人 黒曜美咲7/8 2006/05/17(水) 00:57:20.49 ID:YC+PPTT3O

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「深澄」
「何?」
「先々週の事、覚えているか?」
「……あぁ」
と言ってもあの時は色々あり過ぎてどの事かはわからないのだが。
「私は君がデートに誘ってくれるのを待ちわびているんだが」
「はいぃ!?」
「君が誘うと言ったんじゃないか……」
美咲さんは呆れたように言った。
「あぁ……ごめんごめん。最近忙しくてさ……」「……見たい映画が今週末封切られるんだ」
「すいません、次の土日は仕事です……」
「明日飲みに行かないか」
「次の日早番でさ……」
誘おうかと思った途端にこれだ。
なかなか予定は合わないものなのだ。

「残念だな……まぁいい。私はこうして君と一緒に帰れているだけでも十分だ」
「え?」
「こういう経験が私にはないものでな。友人と帰りを共にする、というのが憧れだったんだ」
そう言うと彼女は薄く微笑み、俺から目線を外し前を向いた。

 

170: 総支配人 黒曜美咲8/8 2006/05/17(水) 00:58:02.64 ID:YC+PPTT3O

……友達と一緒に帰る。
こんな何でもないことが「憧れ」だなんて。
もしかしたら彼女は、辛い学生時代を送っていたのかもしれない。

そんな彼女の憧れを叶えることが出来るなら。

それであの時の飲み代の代わりになるのなら。

「安いもんだよなぁ。」

「? 何のことだ?」
「……なんでもない。
ところで、再来週は俺休みなんだ。……映画でも?」

疑問に彩られていた彼女の目は、嬉しそうなそれに変わって。

「もちろんだ」

と、彼女は即答した。

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89: 総支配人 黒曜美咲1/5 2006/05/22(月) 01:13:02.78 ID:54JZbQjoO

「飯食ってからチケット買っても1時からので間に合うだろ?」
「いや、そんな事では下手をすると4時からの上映も満席だ。
先にチケットを確保し、上映時間まで待つのが定石だろう。
……もしかして君はあまり映画を見に行ったりしないのか?」
「もっぱらレンタルかな」
「それはいただけないな。大画面で観る映画はいいものだぞ」
「自分の部屋で好きなときに観るのもいいと思うんだけどな」
「まあ君がそうしたいと言うならそうするが。
私が行こうか?それともうちに来るかね?」
「いやいやいや。そんな事できねぇっす」

そんなわけで、あの約束から一週間。
いつもの帰り道で、俺達は来週の映画に向けて計画を練っていた。
どうやら彼女は随分映画が好きなようで、よく一人で観に行くらしい。
ホラーだサスペンスだミステリーだを観ているとゾクゾクすると、やや興奮気味に語っていたのは5分ほど前の話だ。

 

90: 総支配人 黒曜美咲2/5 2006/05/22(月) 01:14:58.53 ID:54JZbQjoO

「で……何観に行くんだ?話題の『ザ・ヴィップ・コード』とか?」
あれには俺もちょっと興味ありだ。

「いや、違う。観に行きたいと思っているのは『ラブポーション99%』だ」

……思いっきりベタベタな恋愛ものだよ。
しかも下馬評でも駄作とか言われているやつだ。
よりによって何故アレを選ぶんだろう。

「男と映画を観に行くならラブストーリーに決まっていると聞いた。
それにせっかく君と一緒にいられるというのに、映画に夢中になってしまったらもったいないじゃないか」
一体どこから聞いてきたんだそんなヨタ話。
「なら君は何か観たい映画があるのかね?
あるのならそちらを優先しよう。君の発案なのだからな」
そう言われたら別にないんだよなぁ……
「だいたい初めから内容には期待していないしな。
君と観ることが重要なんだ」
やたら俺と一緒ということを強調するのはやめてください……
「決まりだな。来週土曜日、正午に駅前で待ち合わせよう」
もうお任せします……

本当に俺が誘ったのかと思えるほど、俺のタッチはほぼ無しで計画は固まったのだった。

 

91: 総支配人 黒曜美咲3/5 2006/05/22(月) 01:17:19.00 ID:54JZbQjoO

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土曜日。
駅前へ向かうと美咲さんはもう来ていて、柱の横で待っていた。
175は超えようかという長身に腰まで伸びる髪という身なりは、人混みの中でもひときわ目立つ。
そんな彼女は横断歩道の向かい側で信号を待っている俺に気付いたのか、胸元で小さく手を振った。
俺は軽く手を振り返しながら、青に変わった信号を渡り彼女の元へ向かった。

「ごめん、待たせた?」
「いや。私が早く来ていただけだ」
「どのくらい?」
「30分前にはここに」
「早っ!!何で!?」
「30分前行動は基本だ」
「そ、そうですか……」
「さ、早く行こう」

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少し人口密度の高い週末の快速に揺られて10分。
美咲さんとこれまでにないくらい密着しちゃったり胸元が目の前に来ちゃってたりそれ見た美咲さんにニヤリと薄笑いを浮かべて「見られるのには慣れているが程々にな」なんて言われちゃったり、色々ありつつも俺達は目的の駅に着いた。

 

92: 総支配人 黒曜美咲4/5 2006/05/22(月) 01:19:25.70 ID:54JZbQjoO

流石はこの辺り一番の繁華街。行く先は人でごった返している。
「うわー……。こっちの方なんて来るの久しぶりだわ」
「私もだ」
「さて……どうする?」
「まずはチケットの確保が最優先だ。先に映画館へ行こう」
「よし。んじゃ行くか」
「深澄」
「ん、何?」
「これだけ人が多いとはぐれてしまうかもしれない。手を繋いで行こう」
「へ?」
「よく聞こえなかったか。手を繋ごうと言ったんだ」
「お……おぉ?」
「さあ……さっさとチケットを買って昼食にしようじゃないか」
がしっ、と。
俺が返答を考えるより先に美咲さんは俺の手を引っ掴み、人混みの中へと飛び込んでいった。
俺は急いで追い付き、彼女の隣に付く。

右手から彼女の体温が伝わってくる。
美咲さんの指……細いなぁ。それに柔らかい。
緊張する……って俺は24にもなって何を中学生みたいに青春してんだ。
「深澄」
「はいぃ!?」
「そんなに指を絡められるとくすぐったいのだが」
「え!? あ、ご、ごめん!!」
思わず手を離そうとすると、
「離れたら危ないぞ」
と言われてさっきより強く引き寄せられてしまった。
……どうやら無意識のうちに手でまさぐってしまっていたらしい。
いよいよ本格的にガキだな俺。

 

93: 総支配人 黒曜美咲5/5 2006/05/22(月) 01:21:14.50 ID:54JZbQjoO

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そんなこんなで映画館に到着。
無事チケットも確保でき、上映まで3時間半を残して俺達は暇を持て余す事となった。

「……けど1時からの席も空いてたよな」
ちなみに今は12時半だ。
「後の楽しみがなくなってしまうじゃないか。
それに私は先に深澄と遊びたい」
もう俺免疫付いてきた。
「じゃ、昼飯でも食いに行きますか」
「うむ」
そう頷き、左手を差し出す彼女。
「あのー……これは?」
わかってはいるが聞いてみる。
「ここからは君が私を連れていってくれるんだろう?
君の誘いだからな。さ、エスコートしてもらおう」

彼女はいつだって正論だ。
それがどんなに恥ずかしい――どちらにとって、とは言わない――事であっても。

そう言われちゃしょうがない。
俺は再び彼女の左手を取り、街へと歩きだした。

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494: 総支配人 黒曜美咲1/8 2006/05/25(木) 21:01:49.34 ID:YiJiFY7KO

結局。
大学の時から更新されていなかった俺の飯屋のボキャブラリーはほぼ役に立たず、今日のところは美咲さんお勧めのうどん屋となった。
騒がしい雑踏から筋一本外れた場所にあるその店は、客はお世辞にも多いとは言えなかったが、その落ち着いた雰囲気はなかなか良さげだった。

「いい店だね」
「だろう?私も気に入ってるんだ」

街に出てから一度も気を休める暇の無かった俺は、店の感想をそれだけにとどめ、どっかと椅子に腰を降ろした。
「もう疲れたのか?そんな様子ではこの後が心配だな」
「美咲さんが疲れさせたようなもんだ……」
「む……人聞きが悪いな。私は君に息を切らせるような速さで歩いた覚えは無いぞ」
無自覚ですかそうですか。
「……いきなり手とか繋がれたりするとすごい緊張するもんで」

「……そうだったのか」
意外な事に気付かされたような言い方だった。
……いや、きっと彼女の場合本当にそうなのだろう。
冗談でも何でもないに違いない。

 

495: 総支配人 黒曜美咲2/8 2006/05/25(木) 21:02:32.83 ID:YiJiFY7KO

「……嫌だったか?」
「え?」
「すまなかったな。私の身勝手で君を気疲れさせてしまって。もう手を繋ぐのはやめにしよう」
……そう、冗談でも何でもないに違いないのだ。

「いや、全然嫌じゃないって」
「だがさっき君は疲れたと言った」
美咲さんの目元が僅かに歪む。

ああもう。
俺はこの人のこういう顔に弱いんだよ。

「あのさ……俺が疲れたって言ったのは、こういうのに慣れてないからなんだ。
知り合って一ヶ月でこういう事になるとは思ってなかったし。
それに相手が……その……好き…な人だから。

……だからさ。嫌じゃないよ、全然嫌じゃない。
つーか嬉しい。むしろ俺から繋ぎたいぐらいだね!」

どうも俺は大事な場面でテンションが上がる癖があるらしい。
随分恥ずかしい事やら最後の方にエラい事言った気がするが、彼女に比べればマシだろうと自己解決しておいた。

 

496: 総支配人 黒曜美咲3/8 2006/05/25(木) 21:03:37.63 ID:YiJiFY7KO

「……本当か?」
「嘘でこんな大層な事言わないって」
「そうか……よかった。ありがとう、深澄」
どうやら立ち直ってくれたようだ。
「どういたしまして」
「てっきり無理矢理手を握ってしまっていたのかと……気を遣わせてしまって悪かった。せっかく遊びに来ているのに……」
「いいって。俺も言い方悪かったかもしれないし。
そんな事よりさ、早く何か食べよう。腹減った。お勧めとかあったりする?」
「そうだな……ここはカレーうどんがなかなか絶品だぞ」
「じゃあそれにするか」
「わかった。すみません、カレーうどんを2つ」
『かしこまりました』

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「……この後どこ行く?どっか行きたいとことかある?」
ずるずる。
「この辺りには映画を観に来る時以外はほとんど来ないからな。君に任せるよ」
ちゅるちゅる。
「うーん……じゃあ駅ビルでもうろついてみるか?」
ずるずる。
「君が言うならそうしよう」
つるつる。
「ところで……食べ慣れてるよな、カレーうどん」
「よく食べるからな。それに服に飛沫が飛んでも困る」
つるつる。

「…………ホント意外だ」
ずるずる。

 

497: 総支配人 黒曜美咲4/8 2006/05/25(木) 21:04:23.95 ID:YiJiFY7KO

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危険を伴ううまさなカレーからも無事服を守りきり、俺達は店を出た。
「おいしかった」
「それはよかった。案内した甲斐があったよ」
「じゃ、行くか」

俺は歩きだした。

……と、美咲さんは店の扉の前から動こうとしない。
「どうしたんだ?早く行こう」
「……………。」
美咲さんは黙ってこちらを見つめている。

まるで……何かを待っているみたいに。

待って…いる……

…………!!

……まさか………!!

―――むしろ俺から繋ぎたいぐらいだね!―――

どさくさ紛れに出た言葉がフラッシュバックされる。

 

498: 総支配人 黒曜美咲5/8 2006/05/25(木) 21:05:34.72 ID:YiJiFY7KO

……そうか、待ってるのか。

あー……ほんとにエラいこと言っちゃったもんだ。
しょうがないな。

「……行こう、美咲さん」
「うむ」
右手を差し出しながらそう言ってみると、美咲さんは今までの沈黙が嘘だったかのように返事を返してきて、すぐに俺の手に自分のそれを合わせてきた。

「まさか本当に君から言ってくれるとはな」
「いやぁもう言っちまったもんはしょうがないし」
「あんなとっさに出た言葉を真面目に守ってくれるとは。私は嬉しいぞ」
そう言うと美咲さんは指を絡めてきた。
いわゆる「恋人つなぎ」というやつである。
「今度はこれですか……」
「当然だ。さっきとは意味が違う」
「……と言いますと」
「君に連れられてどこかへ行こうと言うのだから、こうでなければな」
さも当たり前のことを告げる口調で彼女は言った。

 

499: 総支配人 黒曜美咲6/8 2006/05/25(木) 21:06:27.84 ID:YiJiFY7KO

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「む、あの店はなかなか良さそうだ。深澄、ちょっと見に行こう」
「……え?」
駅ビル内に入ってからというもの、レディースの服屋にもさして興味を示さなかった美咲さんが最初に食いついたのは、なんとブランド物のスーツだった。

「美咲さん……男物のスーツとか着るんだ?」
「ああ。というかそれぐらいしか着ないな」
「ええ!?」
そういえば普段の帰りも仕事着の女性用スーツばっかりだったな……
「何だ、普段着で来るのも悪いと思って今日は頑張ったんだぞ。……どうだ?」
そう言うと美咲さんは初めて自分から握っていた手を離し、俺の正面に立った。

白のブラウスに、膝下まで伸びる黒のロングスカート。
シンプルな基調ながら、それは彼女の雰囲気にぴったりで、つまり……
「……似合ってるよ。すごく」
自然と出た言葉だった。
「ありがとう。これを選んできてよかった」
心持ち程度だが、彼女は嬉しそうに自分のスカートの裾を摘んでひょいひょいと弄んだ。

 

500: 総支配人 黒曜美咲7/8 2006/05/25(木) 21:07:37.55 ID:YiJiFY7KO

その途端……その仕草がとても可愛く見えてきた。
俺のためにこの服を選んできてくれたんだと思うと、こちらまで顔がほころぶ。

「どうした深澄、急にニヤニヤして」
「い、いや何でもない」
いくら何でもそんな恥ずかしい事を考えていたなんて言えない。
「そうか。それにしても……」
弄んでいた手を離し、スカートがはらりと元の形に戻る。
「……着慣れてないものでも、似合っていると言われると……やはり嬉しいものだな」
そう言い残し、彼女はスーツを見定め始めた。

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これはどうだあれはどうだと20分ほどスーツとにらめっこしていた彼女だったが、唐突にこんなことを言い出した。
「ところでさっきから私ばかり物色しているが、君はスーツを新調したりしないのか」
「ここのは高過ぎて手が出ないな」
「同感だ。惜しいが確かにここは高価すぎる。さっさと出よう」
そう言うと彼女は再び手を握ってきた。
どうやらもう見切りをつけてしまったらしい。

うーん出ちゃうのか。よそ行きの格好でわざわざ来てくれたのは嬉しいけど、それはそれとして美咲さんのスーツ姿も見てみたかった気もする。
きっと似合うに違いない。
そんな事を考えつつ、俺は美咲さんに後ろ手に引かれながら店を出た。

 

501: 総支配人 黒曜美咲8/8 2006/05/25(木) 21:08:27.28 ID:YiJiFY7KO

「美咲さん……スーツ着るなんてすごいな」
「何故だ?私にはここにいる女性のように自由に服装を選べる方がよほどすごいと思うんだが」
「そうか?自分に合ってればそれでいいと思うけどな」
「私にはスーツが合うと?」
「見たことないけど……ああ、きっと似合うと思うよ」
「……見たいかね?」
「……見たいかな」
「そうまで言ってくれると嬉しいよ。今度会社に着てこよう」

と、店の前で微笑ましい会話を交わしていた……その時。

「……あれ?川島君?」

俺の名を呼ぶ、聞き覚えのある女性の声。

呼ばれた方を振り向くと、そこには。
「あーっ、やっぱり川島君だー。………え?」

この関係の大元になった、俺の同僚の。

「……何で……支配人といるの……?」

俺の右にいる人を見た高井詩織が、目を点にして立っていた。

522: 総支配人 黒曜美咲1/7 2006/06/01(木) 00:13:46.73 ID:rAf3/D9BO

「よ…よぉ……」
「高井君じゃないか、奇遇だな」
目を白黒させている高井へ、美咲さんはごく普通に……いや、この状況でいえば随分と倒錯的な挨拶をした。
「は!あ、は、はい!こんにちわ……」
慌てて頭を下げる高井。
そりゃ相手が自分の職場の一番エライ人だったら混乱もするわな。
「そんな大げさな挨拶はやめてくれ高井君。普通でいい」
「え………」
そう言われ、ゆっくりと顔を上げる高井。

「あれ……手……」

あ……しまった。

「……付き合ってるの?」
あーやっぱりそう思うよな高井よ。だが違うんだ。
でもさ、ややっこしい話だから説明なんてさせないでくれ、な?高井?
「……付き合っては……いないな」
「じゃあ、何?」
「う…………」
即答ですか?いつものぼんやりさんっぷりを発揮して「ふぅ~ん」で済ましてくれれば・・・
「深澄は私のことを好いてくれている。そして私はそれを受け入れている、といったところだな」

……俺が言葉に詰まっているところに、美咲さんはとんでもない横槍を入れてくれた。
てか何さらっと俺から惚れたことバラしてくれちゃってんのさ。すごい恥ずかしいぞ?

 

523: 総支配人 黒曜美咲2/7 2006/06/01(木) 00:15:15.33 ID:rAf3/D9BO

「ちょ、美咲さん!」
「何だ?私が何か間違ったことでも言ったかね?」
「いや、そういうわけじゃない……」
わけじゃないんだが……

「やっぱり付き合ってるんだぁ……」
問題は説明が大いに誤解を招く言い方だったってことだ。
「そ、それじゃなんか私邪魔?みたいだし行くね!ばいばい!」
急にうろたえ、足早にこの場を離れようとする高井。
「あ……支配人、失礼します」
「高井君」
なんとも気まずそうに挨拶をした高井を、美咲さんは呼び止めた。
「は、はい?」
「君は何か誤解しているようだが、私達はまだ付き合っているわけではないぞ」
「ぅえ?」
またこの人はまだとか言う……
「それから……敬語は使わなくていい。もしこれから会社の外で私と会ったら、支配人としてではなく普通の知人として接してくれると嬉しい」
「え………ぅ……うん、わかった……」
言われるがままに従う高井。
そういうぼんやりさんにはもっと早くなっといて欲しかったぞ高井……具体的に言えば俺が付き合ってないよって言った辺りからな!!

 

524: 総支配人 黒曜美咲3/7 2006/06/01(木) 00:16:41.16 ID:rAf3/D9BO

「ありがとう。それじゃあまた明日、会社で」
「うん……ばいばい……」
きっと内心大混乱だろう。俺もだけど。
「川島君……」
「ん?」
「また明日……詳しく聞かせてね?」
「え゙。」
これまた面倒なことを言い残し、彼女はばいばい、と小さく手を振って去っていった。

「……美咲さん、よく人前であんなこと言えるよな……」
「偶然だったな。さあ行こうか」
スルーかよ……
「……あいつ、絶対勘違いしてるぞ?」
「私達が付き合っている、とか? 訂正はしておいたが」
「多分意味ねぇ……」
男と女が手繋いで二人で歩いてて、さらには『好意を受け入れてる』だのなんだの言い出したら、付き合ってないと思う方がおかしいだろう。

「別にいいじゃないか。どうせ近いうちにそうなる。私が言うのだから間違いない」
この人はどえらいことをまるで他人事のように言ってくれる。
「そう言ってくれるのは嬉しいけどさ……恥ずかしいから」
「別に恥ずかしがる必要もあるまい」
どうも恥ずかしい発言に無頓着なのは俺に対してだけではないらしい。
前から何でもはっきり言う人だとは思ってたが、ここまでとは。

 

525: 総支配人 黒曜美咲4/7 2006/06/01(木) 00:17:28.21 ID:rAf3/D9BO

「………やっぱ変わってるな、美咲さんは」
「ふ、まぁ私も自分が普通だとは思っていないさ。」
「はは(笑。……んじゃ、行く?」
「ああ」

……と、その後ビル内を一周したものの大して興味を引かれるものはなく、行き場を失った俺達は結局書店で一時間、喫茶店でものの10分と、おおよそデートらしくない手段で時間を潰すことになる。

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「深澄、そろそろ行くぞ」
美咲さん曰く『まるで泥だな。私ならもっとましなのを淹れる』との評価を賜ったぬるいコーヒーを飲み干し、彼女は言った。
「全席指定だし、そんなに焦らなくてもいいんじゃないか?」
それを聞きつつ俺はまだ残っているアイスコーヒーを急いで処理し始める。
店に入ってものの10分。まだ3時半にもなっていない。
4時からの上映だが、ここから映画館までは10分もかからないだろう。
では、何故俺は急いでいるか。
「30分前行動は基本だ」
実はまだ30分以上時間はあるのだが。
どうでもいいから早くここを出よう、とでも言いたげな早口で彼女は言った。
そう、美咲さんはさっきからずっとイライラオーラを出しまくっているのだ。

 

526: 総支配人 黒曜美咲5/7 2006/06/01(木) 00:18:31.16 ID:rAf3/D9BO

「それに私は映画館の雰囲気そのものが好きなんだ。あのふかふかの椅子に座り、上映を待っている時も、な。
さ、行くぞ」
えらく子供っぽいことを言い出したと思ったら、美咲さんは席を立ち、俺の腕を取って歩き始めた。
「お、おい!まだ全部……」
「あんなもの飲まなくていい。私がいくらでもあれよりうまいコーヒーを淹れてやる」

えらく嬉しいことを言ってくれたが、表情は変わらずとも相当苛ついていることがわかる美咲さんに話しかける気にはなれず、俺は引っ張られるがままに店を出、映画館へと連れられていった。

-----

上映時間40分前。
他の客など皆無に近い劇場で、俺達は映画が始まるのを待っていた。
歩いている間は終始無言で不機嫌なことこの上なかった彼女だが、劇場に入った途端にそんなものどこへやら。
左右の肘掛けを目一杯に使い、ゆったりと椅子に座って「映画館の雰囲気」とやらを満喫しているようだ。

「えらく怒ってたみたいだけど……あのコーヒー、そんなにまずかったの?」
「味だけの問題ではない。映画の前にあんなものを飲まされたという事が問題だ」
蒸し返されたのが気に入らないのか、彼女はどことなく事務的に告げた。
どうやら彼女の映画に対する思い入れは相当なものがあるようだ。

 

527: 総支配人 黒曜美咲6/7 2006/06/01(木) 00:20:21.51 ID:rAf3/D9BO

「……父がな。小さい頃たまに連れてきてくれたのが、映画館だった」
「へぇ。そうなんだ」
「普段は座れないような贅沢な椅子に座り込んで、普段は構ってなどくれない父が隣にいてくれて……そしてゆっくり映画を観る」

「私にとって、映画館はそういう場所だ」
「…………………。」
「……あれから長い間一人で観に来ていたが、やはり隣にいてくれる人がいるといいものだ」
独白を終えた彼女はこちらを向き、そして視線を少し下にずらした。
「さっきから手をもてあましているようだが。使うかね?肘掛け」
右腕を浮かせながら彼女は俺に問いかけた。

ま、確かに両手をぶらつかせてるのはあんまり好きじゃないタチなんだけどさ。
……しかしなんでそういうところを目ざとく見つけられるんだろうこの人は。
「いや、いいよいいよ。使ってて。美咲さん使えないじゃん」
「大丈夫だ。問題ない」
「そう?……それじゃ。ありがとう」
情けないながらも好意に甘え、左腕を肘掛けに乗せた、途端。

彼女は、浮かせていた右腕を俺に重ねてきた。

「ぅえ!?」
まるで数時間前の高井のような声をあげる俺。
「どうした?」
その声に美咲さんは、相変わらず何がおかしいんだと言わんばかりに平然と聞いてきた。

 

528: 総支配人 黒曜美咲7/7 2006/06/01(木) 00:21:10.77 ID:rAf3/D9BO

「どうしたもこうしたも。何故に?」
「君は両手を空けたくない。私も同様だ。ならこれで問題なかろう」
「いや、ありありだと思うんだが……」
特に俺がな。
「下に敷かれているとわずらわしいか?なら私が下になろう」
問題点はそこじゃねー!!

「……駄目か?」
急に真剣な顔で言われて、思わず押し黙る。

「……私は……君が隣にいるのを感じていたい。
……駄目か?」

うーーーー……。
そんな顔で言われたら、反則です。

「……いいよ。このままで」
「……そうか」
「………。」
「……………。」
「…………………。」

「……父でもこんな事をしてくれたことはなかったよ。ありがとう」
ぎゅっ。
「……照れるよ」

そして。
『ビ―――――――ッ』
いよいよ「ラブポーション99%」が始まった。

――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――
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466: 総支配人 黒曜美咲1/7 2006/06/11(日) 01:27:11.17 ID:xdu1/FaVO

『青色一号なんて……1%で十分さ』
『じゃあ残りは……残りの99%は、何になるって言うのよ!!』
『……君への愛と、苦みを加える少しのカカオ。これで……100%だろ?』
『グスッ……バカぁ!』
がしっ

~Fin~

-----

ぐはぁ。
やっぱりバカ映画でした。
ずっと美咲さんが手ぇ被せっぱなしだし時々盛り上がる(盛り上がってたのか?)とこでぎゅっと力入ったりなんかするし俺から誘っといて寝るのもどーよみたいな感じだったからなんとか最後まで意識を保てたけど、もし普通に観てたら開始10分で寝に入ってたぞ。
何で始まっていきなり主人公死ぬんだよ。ありえねぇ。

一方美咲さんは余韻にひたっている(!?)のか、微動だにせずエンドロールを見つめていた。

「……そろそろ、出る?」
「ん……あ、あぁ」
俺の問いかけに珍しくやぼったい返事をした美咲さんは、ゆっくりと席を立って出口へと歩き出す。

 

467: 総支配人 黒曜美咲2/7 2006/06/11(日) 01:27:53.48 ID:xdu1/FaVO

「まぁまぁ面白かった、かな……?」
「いや、駄目だ」
ぶはぁ。
バッサリですか。「まぁまぁ面白」などという言いたくもないこと言った俺の努力はどこへ?
「……やっぱりそうだよな」
「何だ、面白いと言っていたんじゃないのか?」
「美咲さんが面白そうに観てたのにつまんねぇとか言うのもどうかと思いまして」
「そんな気遣いは不要だ。それぞれの意見が発露してこそ、議論は成立する」
メメタァ映画の感想にそんな難しい事言わんでも。
「ま、その辺も含めて話をしようじゃないか。夕食でもとりながらな」
近くの時計を見てみれば、時刻はもう7時過ぎだ。
「あ、それなんだけどさ……」
「ん?」
「『来栖』に行かないか?」
ここからなら篠田方面に向かうことになるので面倒ではないし、一度行ったことのある店なら安心というものだ。
……つーかもうこの辺りで飯屋見つける知識も気力もありませんごめんなさい次はもっとちゃんと調べよう。

「ふむ、それはいい考えだな。是非そうしよう」
そんな俺の(あくまで俺の中でなんだぜ?)妥協案に美咲さんも大いに賛同してくれたようで、かくして俺達は『来栖』へと向かうことになった。

……考えてみたら、俺から言い出したのこれが今日初めてじゃないか?

 

468: 総支配人 黒曜美咲3/7 2006/06/11(日) 01:29:05.62 ID:xdu1/FaVO

-----

「着いたな」
「ああ、着いたな……」
露骨にうなだれているのはもちろん俺。
何故なら……無情にも閉ざされたシャッターには
『本日、店主急病の為休業致します 呑処 来栖』
と書かれた紙が貼られていたからだ。

「ふむ、これは困ったな」
皮肉のつもりなのか、行こうと決めたときと同じ調子で彼女は漏らした。
「ごめん……向こうで店見つけりゃよかった」
「君は悪くない。私もこの意見に賛成した。
それより問題はこれからどうするかだ」
相変わらずこの人は冷静だな……
「んー……今からあっちに戻るのも億劫だろ?だからってこのままうち帰るのもなぁ……」

「……そうだ。それだ」
「は?」
「深澄、うちに来ないか」
「へ?」
「夕飯ぐらいなら私が作ろうと言ってるんだ」
それはあまり魅力的な提案だった。
「え?行っていいの!?」

「もちろん。君なら大歓迎だ。それに、二人きりで話すなら店よりよほど向いているだろう?」
そんなことを持ち掛けられた俺に別の方法を考える気などさらさら起きるわけもなく。
「それじゃあ……お邪魔させてもらおうかな」
あっさりと乗ってしまう俺だった。

 

469: 総支配人 黒曜美咲4/7 2006/06/11(日) 01:29:49.87 ID:xdu1/FaVO

-----

「あがってくれ」
「お、お邪魔します……」
篠田の駅前スーパーで買い物を済ませ、案内されたのは『ハイツVIP』。近所でも有名な高級マンションだ。

「そこにでもかけておいてくれ。あぁ、それはこっちに」
「おぉ……」
持っていた食材の入った袋をキッチンに置き、言われたとおりテーブルに腰掛ける。

キッチン、テーブル、冷蔵庫、食器棚と、女性の一人暮らしにしてはシンプルなリビング。
そんな部屋を見回していると、
「あまりじろじろ見ないでくれ。掃除もしていないものでな」
と釘を刺されてしまった。
この完璧に整理整頓されてる部屋のどこが汚れているのか俺にはさっぱりわからんのだが。

「……それにしてもいいとこ住んでるよなぁ」
天井は高いし床フローリングだし壁は真っ白だし。
何より広い。高級マンションと銘打たれるだけのことはある。
玄関から廊下まで扉いくつあったっけ?……まぁいいや。
いやぁさすがは支配人、住むところが違いますな!とでも言いたいところだが、それを言うと彼女の機嫌を損ねかねないのでやめておくことにする。
「ありがとう」
背中越しに返事をした彼女は、すでに夕飯の準備に取りかかっていた。

 

470: 総支配人 黒曜美咲5/7 2006/06/11(日) 01:30:32.79 ID:xdu1/FaVO

-----

「もう少しかかる。テレビでも見て待っていてくれ」
しばらく経っても何もせずに美咲さんの料理姿を見ていた俺を変に思ったのか、彼女はそう促した。
「ああ……」
生返事。もちろんテレビなど見る気にはなれない。
思えば今までこんなにゆっくりする機会なんてなかったからな。仕事中だったり歩いてたり酒飲んでたりで。

……なんかいいなぁこれ。
好きな子が飯作ってくれてるってのはやっぱ男心をくすぐるね。
そんなことを考えながらぼんやりと背中を見つめていると、お玉を持った美咲さんが突然こちらに振り向いた。
「ぅあ。」
「………ふ」
どうやらあっけにとられている俺の真意を一目で見抜いたらしく、軽い笑い声を漏らしながら彼女はお玉をこちらに差し出した。
「味見?」
「ああ。味噌汁の出汁だ」
「それじゃありがたく」
「あぁ、ちょっと待ちたまえ。熱いから冷ましておこう」
湯気立ち上るお玉に、美咲さんはふーふーと息を吹きかける。 

真面目な顔で口をすぼめる彼女が、妙に目新しくて可愛く見えた。

 

471: 総支配人 黒曜美咲6/7 2006/06/11(日) 01:31:19.81 ID:xdu1/FaVO

「これくらいでいいだろう」
「ありがとう」
細やかな気遣いによって十分に冷まされた出汁をくい、と飲み干す。
あっさりとした昆布とカツオ出汁の味が口に広がる。
所謂家庭の味というやつとは随分ご無沙汰だった俺にとって、それはたとえ出汁であっても十分にうまみを感じさせてくれる一口だった。

「……うまい。」
「よかった。ダシをとるのはあまり得意ではないんだが、そう言ってもらえてなによりだ」
「俺はダシのとり方とかよくわかんないけど……うん。おいしいよ」
「ありがとう。もう少ししたらできるから待っていてくれ」
そう言って彼女は、キッチンの方へと向き直った。

-----

トントントントントン・・・・

目の前からは包丁がまな板を叩く規則的な音が聞こえてくる。
あー……こういう時ってなんかするべきなのかな。手伝おかーとかお皿出しとこかーとか。
そんなことを考えている間にもコンロには鍋が一つ増え二つ増え材料はどんどんバラバラになっていくし皿はきれいにテーブルにセッティングされていくし。
うん。今彼女に対して俺に出来ることは何もない(断言)。

 

472: 総支配人 黒曜美咲7/7 2006/06/11(日) 01:32:03.09 ID:xdu1/FaVO

いっそのことエプロン姿の美咲さんも素敵だよなんつったりして不意に後ろから抱きついちゃったりなんかしてテラウフフ!ってもちろん嘘だけどな。包丁使ってるし。

……まぁそこまでは行かななくてもいろいろしてあげたいさ俺だって。せめて自分から手をとれるくらいは。
仮にも俺から好きだって言ったわけだし、美咲さんもそれを知ってるんだからバンバン仕掛けていけばいいわけで。
しかしどうも俺にはそんな甲斐性もないわけで。

……それに、俺から何かアクションを起こしてどうなるんだ、と、思う。
彼女は完璧だ。そう、何もかも。
行く場所にもいいところを見つけてくれるし、手に限らず様々なスキンシップだって彼女から持ちかけてくる。
名前で呼ぼうと言ったことだって。

……やっぱり、釣り合ってないのかな………

……いや、こんなネガティブではいかんよな。頑張ろう。俺はこの人に惚れてんだから。

「どうした深澄。さっきから静かになって」
「あ、あぁ……」
急に声をかけられて驚く。
どうやら考え事をしている間に随分時間が経っていたらしい。
「待たせたな。夕飯が出来たぞ」
「おぉ!待ってました!」

なんだか……今のたった少し美咲さんと話しただけで、さっきまで考えていたことが単純な事のように思えてきた。
そうだ。まだ出会って2ヶ月ちょいじゃないか。
焦らなくても、できることからしていけばいい。
今、できることを。

そう、例えば――――作ってくれた料理に「おいしいよ」って言ってあげることから、とか。

――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――
――――――――
――――

251: 総支配人 黒曜美咲1/7 2006/06/15(木) 02:22:50.11 ID:SGxO4igZO

「さて、食べるとするか」
「あ、あぁ……」

目の前には炊き立てご飯、味噌汁、焼き鮭、卵焼き。

そして……

「いただきます」
四人掛けのテーブルにもかかわらず、隣に座って両手を合わせる美咲さん。

「……あのー、何故に隣?」
「今私達を見ている人間はいないだろう」

そう言われて一瞬訳がわからなかったが、俺はすぐに思い出した。
昼食のうどん屋に入ったとき、いきなり隣に座ろうとした美咲さんに「人が見てるから」なんていう苦し紛れの言い訳で向かい側に座ってもらったことを。

「そ、そうだな……」
変なところに律儀な人だ。喫茶店で隣に来なかったのはそういう事だったのか。
ってか単に適当な理由付けに使われただけのような気もするが……

「さあ、召し上がれ。」
間髪入れずに促され、俺はとりあえず卵焼きに箸をつけた。

 

252: 総支配人 黒曜美咲2/7 2006/06/15(木) 02:23:24.69 ID:SGxO4igZO

「いただきます」
ぱくっ。

………。

う………。

……う………。

…………うめぇーーーっ!!!!

うまい!うますぎる!
半熟部分と周りが見事にマッチ!そして甘すぎず辛すぎずの絶妙な味付け!!
こんな卵焼き今まで食べたことねぇよ!あの何とか倶楽部のツンデレ野郎ちょっと来い!食わしてやるから。
もうね、はっきり言って母親の卵焼きなんか目じゃないね。ごめん母さん。

「おいしい!こんなうまい卵焼き初めて食ったよ」
「本当か?それはよかった。ありがとう」
ことのほか美咲さんは喜んでいるようだった。
続いて焼き鮭。
うん、こちらもよく脂が乗っていて大変美味なり。
味噌汁も、やっぱりちゃんと出汁がきいているのか、薄味ながらも味がしっかり出ていておいしかった。
「どれもうまい!美咲さん、料理うまいんだなぁ」
「よしてくれ。人に出せる料理なんてこれくらいしか出来ん」
「いやいや……まさかこれしかレパートリーないってこたないっしょ」
そのはずだ。
待ってる間ちらと覗けた冷蔵庫の中身が鮭と卵だらけだったなんてことはなかったし、さっきスーパーにいた時も「ついでに買っておこう」とか言ってほうれん草カゴに入れてたし。

 

253: 総支配人 黒曜美咲3/7 2006/06/15(木) 02:24:00.50 ID:SGxO4igZO

「もちろん出来合いなら適当に作れる。だがあくまで適当であってそれは料理ではない」
「なるほど……でもなんでこのメニュー?」
「私の実家が旅館だというのは前に話したな」
「ああ。和歌山だっけか?」
「そうだ。向こうにいた時は毎日旅館の朝の支度を手伝っていてな。これはうちの旅館の朝食のメニューだ」
「へぇーっ。通りで手慣れてるわけだ」
「まぁ5・6年は修行したからな。一応自信はあるつもりだ。母にはまだまだだと言われるが」
「いやぁ、んなことないない。十分上手だって。てかむしろ他の料理も食べてみたいな」
「そうか、なら今度作りに行ってやろう」

……待て、この方は今さらりと大胆な犯行に及んだぞっ!
「えぇ!?」
「何だ、君が食べたいと言い出したのだろう。
それにそういえばさっき君は毎日インスタントで済ませているとか言っていたな。
不摂生も正せて一石二鳥じゃないか。そうではないかな、君?」

……あぁ、ダメだ。完璧に言い切られた。一部の隙もない。
それにこの人はもう完全に"やる気"だ。
「……ありがとうございます。喜んで享受させていただきます」
「うむ、それで良い」
満足げに頷くと、彼女は卵焼きを口に運んだ。

 

254: 総支配人 黒曜美咲4/7 2006/06/15(木) 02:24:39.01 ID:SGxO4igZO

-----

「食後のコーヒーはいかがかな?」
夕食の後片付けを終えたらしい彼女が両手に持ってきたのは、皿付きカップのホットコーヒー。

「ありがと……コーヒー?」
さすがにちょっと和食の後ではバランス悪い気がするが……
「昼間はろくでもないモノを飲まされたからな」
とだけ言って彼女は隣に座る。どうやらもう定位置に決まってしまったらしい。
「昼の……? ……あぁ、アレか」
「君にコーヒーを淹れてやるとも約束したしな」
そういえばそんな事も言ってたな。ホント律儀な人だ。

「……今日は誘ってくれてありがとう、深澄。楽しかった」
そう言ってカップをすする彼女。
「いやいや、楽しんでもらえたらなによりで。
俺も楽しかったよ」
と言いながら俺もつられてカップを傾ける。

と。
「あ……おいしい」
ごく自然に口をつけたそのブラックコーヒーは、普段俺が飲むようなそれとは何かが違っていた。
それもそのはず、キッチンの方に目をやると、そこに置かれていたのは喫茶店にでもありそうな古めかしいサイフォンだ。

 

255: 総支配人 黒曜美咲5/7 2006/06/15(木) 02:25:25.19 ID:SGxO4igZO

「うわ、すごいもん持ってるな」
「なに、貰い物だ」
豆から挽いたんならそりゃうまいはずだ。
『私ならもっとましな~』という発言にも納得できる。
改めてコーヒーのうまさを実感しながら、俺達はしばらく今日あった事を話しあった。
そして、話題は映画の方へとシフトしていった。

-----

「試作ポーション飲み過ぎてガンで死んだって…いきなりそれはねーよw」
「……確かに開始10分で主人公が消える映画というのはなかなか斬新だったな」
「なんか恋愛なのかポーション作りたいドキュメントなのかもはっきりしないし」
「演技はなかなかだったんだがな。内藤の亡骸に椎水が泣きすがるところとか、最後に二人が結ばれるシーンとかはグッとくるものがあった」
「そうかぁ?すごい安っぽく見えたけど」
「演技が内容に追いついていないだけだよ」
「……どちらかっつーと追いついてないのは内容じゃないかな」
と、ふと時計を見てみると時刻は10時をとうに回っていた。

 

257: 総支配人 黒曜美咲6/7 2006/06/15(木) 02:26:12.89 ID:SGxO4igZO

「あ……もうこんな時間か。美咲さん、俺そろそろ帰るわ」
「もう帰るのか?もう少しゆっくりしていけばいい」
「いや、長居しても悪いし」
「別に構わんのだがな……まあ君が言うのなら仕方あるまい。それじゃあ下まで送ろう」
「ありがとう」

-----

「それじゃ、また明日」
「……深澄、待ってくれ」
別れの挨拶もそこそこに家路に着こうとした俺は、美咲さんに呼び止められ、後ろに振り向いた。

「何?どうした・・・」
と、その瞬間。
目の前まで迫ってきていた美咲さんが、俺に抱きついてきた。
「うわ……ど、どうしたんだよ……」
後ろに倒れそうになったのを何とか踏ん張り、体制を立て直す。
両手をこまねいていると、胸に押しつけられる柔らかい感触気付き背筋が固まった。

……だが、自分のすぐ横にある彼女の顔を見て、そんな事を考えている場合ではないことがわかった。

 

258: 総支配人 黒曜美咲7/7 2006/06/15(木) 02:26:54.04 ID:SGxO4igZO

「深澄……君は……どこへも行かんでくれ。
いなくなってしまったり……しないでくれ」
普段より僅かに弱々しい声で、彼女はそう俺に言った。
「……どうしたの?」
「映画で、恋人同士が離ればなれになってしまったから。
その話をしている時に、君が帰ると言い出して、そのまま、いなくなってしまうんじゃ、ないかって」
彼女の声は、微かに震えていた。
「私は、もう、大切な人を失いたくない」
そう告げた、175センチもある彼女が。
その時は、とても小さく見えた。
昼間に履いていたパンプスがサンダルに変わったから?そんな理由じゃない。
「あ・・・」
俺は宙に広げていた両手を、小さな彼女に回した。

「いなくなったりなんかしない。俺はずっと、美咲さんのそばにいるから」

そうしてあげるのが、言ってあげるのが、今の俺の精一杯だった。
「あぁ……あぁ……ありがとう………」
安心しきったような声でそう呟いて、彼女は黙りこくった。

彼女を抱き寄せつつ考える。
やはり、彼女には何か悲しい出来事があったのだろう。冷静な彼女をここまで不安にさせる、何かが。

そんな事をわざわざほじくり返して話させるほど、俺も馬鹿ではない。
いずれ彼女から話してくれるのを待とう。
それまでは、その時できることを、してあげられることをしていこう。

そう、今は―――――彼女を、抱きしめていてあげることだ。

 

259: 総支配人 黒曜美咲 おまけ 2006/06/15(木) 02:28:03.29 ID:SGxO4igZO

――食卓にて
「君、少し物足りなさそうだな」
「ん?あ、いや、まぁ……」
……確かにあのメニューだと正直ちょっと少なかったかな。
「ご飯と味噌汁ならまだあるぞ。なんなら私の鮭も食べるか?食べかけだが」
「あ、じゃあもらっちゃおうかな……」
「わかった。では」
え、ま、まさか……
「ほら、食べさせてやろう」
「いやいやいいって!自分で食うから」
「むう、いいじゃないか。せっかく昼に出来なかったからやろうと思ったのに」
「やる気だったのかよ!」
「麺を浮かすとカレーが飛び散るからな。流石に出来なかった」
「そっちかよ!?」

-----

――抱き合って、その後
「あのさ……いつまでこうしてるつもりなんだ?」
「もう少し……このままでいさせてくれ……」

「………ここ、エレベーターホールなんですけど……」
「…………………。」
ウィーーン
「ああ……また帰って来た……3人目……」

260: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2006/06/15(木) 02:28:55.82 ID:SGxO4igZO
いじょです
ようやくデート編終了……長かった

 

 

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